成年後見・保佐・補助に関する裁判例

【裁判例】 心神喪失状態の精神障がい者が他人を殺人した場合における精神保健福祉法上の保護者である法定監督義務者の責任 仙台地方裁判所 平成10年11月30日
本件は直接には後見人とは関係のない事案です。 ただ、精神障がいの方の成年後見人等に選任された場合、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)上の保護者という立場になります。 そして、そのような場合に、本人が触法行為等の不法行為を起こしたら、民法714条の法定監督義務者としての責任を負わされるのかという点については、精神障がいの方の地域での共生という観点からも悩ましいところです。 本件は、父親が精神保健法上の保護者となっていいたものですが、当該精神障がい者が勤務先の社長を殺害したというもので、遺族らが、父親に対して、民法714条の法定監督義務者としての義務違反を理由に損害賠償を求めたものです。 【事案の概要】(判決文より) 1 本件は,精神障がいを持つ者Aが,元の雇用主であった会社の代表者を殺害したというもので,遺族が,精神障がい者の父親が精神保健法(後に精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に改正) の保護者となっていたことから,民法714条の法定監督義務者としての責任を追及したというものです。   結果的に,裁判所は,遺族の訴えを認めて,総額5000万円の損害賠償を命じています。 2 もともと,Aは、昭和60年8月頃に被害者の経営する会社入社し、平成4年1月に、同社を退社しています。殺人事件が起こったのは平成8年のことです。   Aは、在勤中から,「宇宙人が攻めてきた」というようなことを言っていたようで,会社の人間とのトラブルなどもあり,退社したようです。 3 Aは、平成5年11月頃から,被害者の会社や被害者に対して敵意を持つ言動を繰り返したようで(例えば,社用車に、ひっかき傷のような形で「オレにメーワク掛げっからだ」、「シャブ中」、「有志でツブし てもいーんだど」、「死ね」、「ブッコロスど」、「水道に毒入れでタダで済むが死ね」といったことが書き込まれるなど),結局,それが平成8年の殺人事件までいきつくことになったわけです。 4 訴えられたAの家族の対応としては、Aの兄が、Aが精神的に参っていると考え、何とかしなければならないと思い、青葉保健所や塩竈警察署に相談に行っていたことは認定されています。   Aの兄は、平成5年12月上旬から月一ないし二回の割合で保健所に相談に行っていましたが,入院に関しては、家族などに病院につれてきてもらわなければならず、警察に頼んで入院させることは難 しいという説明であったとのことです。 5 平成6年6月に、Aの言動がエスカレートしてきたため,Aの兄は、いよいよAを入院させる必要があると決意を固め、区役所からの紹介で病院のケースワーカーと一度打合わせをし、8月にはAを保護入 院させています。  このころ,Aの父親が家庭裁判に自己を保護者として選任するようにとの申立てをしてその旨の審判を得ています。 6 その後、平成7年9月以降,病棟内の生活でAに幻聴や被害妄想など病的体験によると思われる言動が認められず、食事も普通に食べられるようになったこと、表情も明るく気分も安定しており、両親 や兄に対して謝罪して和解し、退院に当たっての指示を受け入れるようになったことなどから、同年10月1日、Aは退院しました。   退院に際しての医師からの注意は、Aに対して、外来通院して服薬を続けること、家族との交流を保つため実家に定期的に顔を出すこと、仕事は無理をせず気楽にやることを指示し、被告らに対しては 、通院、投薬、食事に配慮するよう指示する一方、あまり細かいところまで干渉しすぎないようにということでした。 7 退院後,Aはアパートを借りて一人暮らしをすることになりましたが,その生活費については、Aの父親も兄も一切援助せず把握していなかったようです。   結局,Aは、退院後の通院もやめてしまいました。   また、Aは兄の家に週2回程度顔を出していたようですが、その後は顔を出さなくなりました。   Aが通院しなくなったことを知って、Aの父親らは、それとなくAに通院を勧めましたが、医師から、あまり細かいところまで話をしないように指示されており、Aを刺激することをおそれて、強く勧めることはしませ んでした。 8 その後,平成7年5月頃から、Aによる被害者らへの攻撃が復活してしまいます。  「あんたらは人の物を何だと思っているのか」、「本人が触らなくても無数に増えていく傷」、「気が付かないように徐々に傷を増やしてやろうという魂胆だろうが、所有者が気が付かないとでも思っているのか。」 、「別件も含め他の事を犠牲にして働いてやった者に対して何事か」、「謝罪・弁償しろ」といった内容の文書をファクシミリで送り付けるようになりました。   被害者の会社では警察に通報するとともに、Aの兄に連絡し、病気の兆候が出ているのでAのためにも何か処置をとった方がよいのではないかと促すとともに、このような行為をやめさせるよう要請しました    Aの兄は、警察からも連絡を受け、精神分裂病による被害妄想が生じたものと考えてAと会い、受診を勧めたが、Aはこれを拒否しました。    この頃には、Aは、再び家族を敵視するとともに水道に毒が入れられている等と言い出しており、これ以降は、被告ら家族は、Aに連絡がつかなくなったり、アパートを訪ねても居留守を使われるなどして 、対話が困難な状態となっていたようです。 9 Aの異常な言動がある度に連絡や抗議を受けたAの兄らは、Aのアパートを訪れているが、平成7年12月にアパートを訪れたところ、表札がなくなっていたことから留守にしているものと判断したり、あるい   は、平成8年3月中旬頃には、Aから敵視する発言をインターホン越しに繰り返されたり、また、玄関先で門前払いされる等して、それ以上の対応策をとることは諦めていました。  そのような中で,Aによる殺害事件が起こったという経緯です。 【コメント】 裁判所は、結論としてAの父親に,Aを監督すべき義務を怠ったとして損害賠償責任を認めましたが,法定監督義務者に無条件に監督義務を認めているわけではなく、精神医療の現状(精神障害者が、多くは通常の意志疎通が困難で、訓戒や説諭で行動を統制することも難しいこと、精神障害の治療の観点からも精神障害者への働きかけには限界があること、明確な治療法が確立されておらず、場合によっては長期間の監督を要し、しかもその期間についても全く予測ができず、監督義務者にかかる精神的な負担が大きいこと、また、精神障害の存否、程度の判定は多くは困難を伴い、そのため、監督義務者が適切な監督手段を講じようとしても、社会的な圧力により、不可能になることがあり得ること,我が国の精神医療ないし精神医療行政の実情、精神障害に対する情報の不足及びこれに起因する精神障害ないし精神障害者への誤った認識や偏見の存在等、精神障害者及びその監督義務者や家族を取り巻く環境には厳しいものがあること)について言及し上で、悩みは見せています。 確かに,重度の精神障がいに対して,どこまでコントロールができるのかというと,本当に難しいところだと思います。 本件でも,結論としてどちらに転んでもおかしくなかったように思うのですが,どうやら,被告であるAの父親は,裁判所の尋問で,被害者やその会社の対応が今回の事件を招いたかのような発言をしたようであり,このことが裁判所の心証を悪くした可能性は否定できません。 裁判所は,「保護者は、可能な限り、精神障害の具体的内容につき正しい理解をし、精神障害者の治療経過をよく観察し、主治医等の関係機関とよく相談するなどして、精神障害者の治療を援助するとともに、精神障害者の自傷他害の危険を防止するため必要な措置を模索し、できる限りの措置をとるよう努力すること」を保護者しての義務として挙げているのですが,判決文では,警察の対応に疑問を投げかける記述もあり,本当に難しい判断であったものと思います。 【掲載誌】 判例タイムズ998号211頁        判例時報1674号106頁
【法律相談QA】 法律相談の時間の目安はどのくらいですか? メールで相談することはできますか? 法律相談の料金はいくらですか? 費用が幾らくらいかかるのか不安です


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