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公判前整理手続に関するQA
【裁判例】 公判前整理手続と弾劾証拠 名古屋高等裁判所金沢支部平成20年6月5日
1 公判前整理手続に付された事件については,公判前整理手続きで請求することができなかった「やむを得ない事由」がない限りは,追加で証調べ請求をすることができません(刑訴法316条の32第1項)。この証拠の後出しができなくなっている点が大きな特色です。 この点で,証人が公判で証言した内容が,その証人が捜査段階でしていた供述と食い違っていた場合に,捜査段階の供述調書を刑訴法328条の弾劾証拠として提出することができるのかということが問題となっています。 2 この点が問題となり,判示したのが名古屋高等裁判所金沢支部平成20年6月5日の判決です。 この件(公判前整理手続に付されていました)で,弁護人は,一審の証人尋問で証人が行った証言が,捜査段階の供述と食い違っているとして,捜査段階の供述調書を刑訴法328条に基づいて証拠調べ請求しましたが,一審裁判所は,却下しました。 その理由としては,「弁護人は,公判前整理手続において類型証拠の開示請求により得た証人の各捜査段階の供述調書に基づいて,証人尋問で十分尋問しており(供述内容の変遷について,検察官も特段争っていない。),この証拠をさらに弾劾証拠として取り調べる必要性はもはやないことは明らかである。」というものでした。 3 被告人からの控訴を受けた高裁は,まず,弾劾証拠については,条文上「公判準備又は公判期日における被告人,証人その他の者の供述の証明力を争うため」のものとされているから,証人尋問が終了しておらず,弾劾の対象となる公判供述が存在しない段階においては,同条の要件該当性を判断することはできないのであって,証人尋問終了以前の取調請求を当事者に要求することは相当ではなく,刑訴328条による弾劾証拠の取調請求については,同法316条の32第1項の「やむを得ない事由」があるものと解すベきである」としました。 ただ,無条件に認めたのでは,公判前整理手続の趣旨を没却することにもなることから,次のような判断基準を示しています。 @その供述者の立場(被害者,共犯者,第三者等,被告人) Aその弾劾の対象となる供述者のした供述の重要性(犯罪事実の存否の認定に不可欠か否か) B弾劾の対象が供述者の供述全体の信用性にかかわるものか,供述中の特定の事項の信用性にかかわるものか C公判準備又は公判期日における供述と,別の機会にした供述の矛盾の程度(明白に異なるか,意味合いの違いにとどまるか) D別の機会にした供述が複数あって,それらの相互の間にも矛盾がある場合などにおいては,その供述のなされた時期,変遷経緯 Eその公判期日等において,供述者の別の機会にした供述とのくい違いに関し,十分な尋問がなされているか否か F供述者が,別の機会にした供述とのくい違いについて,十分な説明をしたか否か,等の諸点 4 上記の内,特にEについて,次のように示しています。 「弁護人や検察官が,供述者に対して,自己矛盾の供述について十分な尋問をしていない場合に,同法328条の弾劾証拠請求を許容することは,いたずらに,供述者の供述の信用性の判断を難解にすることにもなりかねないから,原則的には,公判期日等における反対尋問や補充尋問が十分になされることなく請求された場合には,それを許容すべきでない。 一方で,弁護人としては,供述者に事前尋問をするために当該弁護人の事務所等に呼び出す権限が与えられているわけではないから,事前の準備にも一定の限度があり,公判期日等の審理の際に十分な反対尋問等ができないことも考慮すべきであって,公判期日等における反対尋問等がなされていないことのみで,弾劾証拠をすべて排斥するのは相当とはいい難い。」 さらに,次のようにも指摘しています。 「公判期日等において,捜査段階の供述調書に基づき公判供述の信用性に関して尋問がされた場合においても,その供述調書の取調べが全く不要になるとはいい難い。刑事訴訟規則199条の3第4項が,「誘導尋問をするについては,書面の朗読その他証人の供述に不当な影響を及ぼすおそれのある方法を避けるように注意しなければならない。」としているので,尋問の当初は,その供述調書の要点を供述者に述べて尋問するであろうところ,供述調書自体を同法328条によって採用されないとなれば,供述調書の内容を詳細に読み聞かせた上での尋問を行わなければならないことになり,かえって迅速な審理を妨げることにもなりかねない。また,証人尋問等において供述者の自己矛盾の供述が明らかとなった場合と,その点について具体的な供述が記載されている供述調書自体を取り調べる場合とでは,供述者の供述の信用性の判断に及ぼす影響が異なる場合もあると考えられることからすると,証人尋問等で十分な反対尋問がなされているからといって,必ずしも弾劾証拠の取調べの必要性がなくなるものではない。」 5 そして,本件では,具体的に次のような証言(供述)の齟齬が問題とされました。 証人Aの法廷での証言・・・「片町の交差点において,被告人から,被害者の運転するベンツの後を追って家を確認してくれと言われた。」 捜査段階の初期の供述・・・「被告人から,地図が書いてある紙を手渡され,この家の近くに,ワインレッドのベンツが停めてある場所とかを調べて来いと言われた。」 この供述部分は,本件の事実認定に関して重要な事項に当たる上,その矛盾も明らかであって,弁護人が,これを同法328条の証拠として請求する以上,供述調書の当該部分については,これを証拠採用した上,最終的な評議において,慎重に供述の信用性を判断する際に用いるベきものといえる,とされました。 また,実行犯の首謀者たるBと被告人がどのような知り合いであるかの点についての供述として次のような齟齬が問題になりました。 証人Aの公判供述・・・「中国の大連において,Aを介してBと被告人が知り合った」 Aの捜査段階の供述調書・・・「Bが,Aと被告人が泊まっていたホテルに現れ,被告人とBが個人的に付き合っているのが判った。」 Bと被告人との交際関係に関する事項について,明らかに矛盾する供述をしているのであるから,この点についても,証拠採用をすべきといえるとされました。 6 なお,本件自体については,高裁は,弾劾証拠を取り調べた上でもなお一審判決の結論は揺るがないとして公訴棄却となっています。 【掲載誌】 判例タイムズ1275号342頁
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