時効に関するQA

【裁判例】 不法行為を原因として心神喪失の常況にある被害者の損害賠償請求権と民法724条後段の除斥期間 最高裁判所平成10年6月12日
1 本件は,集団予防接種により寝たきりのの状態となった原告が国に対して損害賠償請求を求めたという事案です(予防接種禍集団訴訟のうちの東京訴訟)。 原告が予防接種を受けたのが昭和27年10月20日で,昭和35年以降,高度の精神障がい,知能障がい,運動障がいなどにより寝たきりという状態となりました。 原告は成年に達した後,原告の両親が親権者(法的には親権者ではない)として昭和49年12月に訴訟提起しましたが,その後,昭和59年10月に,原告に禁治産宣告(当時)がされ,選任された後見人が改めて,従来から訴訟委任していた弁護士に対し訴訟委任したという経緯です。 2 本件の争点の一つが,民法724条後段で,不法行為の時から20年を経過したときに時効によって権利が消滅するとされた「除斥期間」の適用の有無でした。 民法上は,「時効により消滅する」と規定されていますが,平成元年12月21日の最高裁判例により,民法724条後段の性質は消滅時効ではなく,「除斥期間」であるとされ,これにより,消滅時効に関する時効期間の中断や停止と言った規定は民法724条後段には適用されないとされていました。 本件原審判決も,この考え方に従い,昭和27年10月20日から20年を経過して訴訟提起がなされた本件については,権利が消滅したと判断していました。 3 最高裁の判旨 (1)本件で,最高裁は,心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても,被害者は,およそ権利行使が不可能であるのに,単に20年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面,心神喪失の原因を与えた加害者は,20年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となることは,著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない,としました。 (2)そして,民法158条は,時効の期間満了前6箇月内において未成年者又は禁治産者が法定代理人を有しなかったときは,その者が能力者となり又は法定代理人が就職した時から6箇月内は時効は完成しない旨を規定しているところ,その趣旨は,無能力者は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから,無能力者が法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは無能力者に酷であるとして,これを保護するところにあると解される。 このことは,本件でも当てはまり,本件でも不法行為があった昭和27年10月20日から20年を経過する6か月前において原告は心神喪失の常況にあり,その後,有効に選任された後見人がその就任から6か月以内に訴訟委任して権利を行使しているのであるから,「民法158条の法意に照らして」,本件では民法724条後段の効果が生じないし,審理を原審に差戻しとしました。 あくまでも,消滅時効に関する民法158条を適用するのではなく,「法意に照らし」と言っているところがポイントです。 (3)また,本判決では,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は主張自体失当(主張しても意味がない)であると解すべきであるとされ,この点では平成元年の判例がそのまま維持される結果となっています。 この点に関し,河合伸一判事の次のような反対意見が付されています。 「平成元年判決は,不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が本条後段の規定の定める期間内に訴えを提起しなかったときは,そのしなかったことに関する事情のいかんを問わず,同請求権は期間の経過によって当然に消滅するから,これに反する主張はそれ自体失当として排斥すべきものとしているのであるが,少なくとも前記特段の事情のある場合については,そのように解することは不法行為制度の目的ないし理念に反するものであり,また,そのように解する十分な理由も示されていないといわざるを得ない。したがって私は,平成元年判決は,少なくとも右の限度で変更されるべきものと考えるのである。」 【掲載誌】  最高裁判所民事判例集52巻4号1087頁        最高裁判所裁判集民事188号565頁         裁判所時報1221号140頁         判例タイムズ980号85頁         金融・商事判例1052号15頁         判例時報1644号42頁         金融法務事情1550号31頁
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